読者の皆様、こんばんは。
神奈川も今、雨が降り出してきました。
9月は本当に雨が多いです。
樹木希林さんが亡くなり、内田裕也さんとの奇妙な別居婚が話題になっています。
結婚生活はたったの一年半で、別居生活が40年ですって!
40年ですよー、すごすぎです。
私は、まだ別居3年半、別居婚のひよっこです。
樹木希林さん、最期は内田裕也さんの唄を聞きながら旅立たれたそうで、夫婦の愛を感じます。
別居婚、会えない時間が愛育てるのさ、目を閉じれば君がいる
郷ひろみさんのよろしく哀愁、懐かしいです。
さっきYouTubeで聞いてきました。
便利な世の中になりましたよね。
昭和の映像が、簡単に見れちゃうなんて。
昭和の時代の歌謡曲をいろいろ聞いてきて、なんか泣きそうになりました。
懐かしすぎて。
その頃の出来事を思い出して、泣きそうになりました。
樹木希林さんの訃報を聞いて、とてもショックを受けておられるという内田裕也さん。
やっぱり二人は、年齢を重ねると共に、絆を深めていったのではないかと。
一年に一回しか会わない年も会ったそうで、それでもずっとずっとどこかでつながっていた、それが別居婚?
会えない時間が愛を育てる、お二人の場合は、夫婦の愛が育っていったのでしょうか。
別れた二人が、老後を一人で暮らすのは寂しいからと、復縁をする。
そんな話もよく聞きます。
私も時々、別居中の夫のことを思い出します。
夢も見ます。
(うなされることもあります)
私がいつも思うのは、私は夫を捨てたのかなって。
夫婦だったら、どんなことがあっても、最期まで寄り添うべきだったのかと時々思います。
樹木希林さんは、別居婚という形で、夫である内田裕也さんを支えていたのだと思います。
内田裕也さんも若いころは、DV、暴力といろいろあったそうで・・・
それでも別れなかった樹木希林さん。
憎しみとか恨みなんて感情は全然なかったみたいです。
樹木希林さんの逝去、別居婚、お二人の最期を見て、いろいろ考えされました。
私の額には、まだ7針縫った傷あとが残っています。
夫に懐中電灯で殴られた時の傷です。
もう13年前のことだけど、真夜中に一人で、タクシーを飛ばして救急病院に行ったこと忘れられません。
そして夫は、次の日になると、優しくなりました。
そんなことの繰り返しだったんです、私の結婚生活は・・・
私の場合は、もう愛は育ちません。(笑)
ただ、夫がどんな理由でも、助けを求めてきたら私は会いに行きます。
たぶん。
それは別居中であっても、妻の役目だと思います。
今は、娘も、息子も父親の話は全くしなくなりました。
別居婚、一言で言うなら最高です。
だって、すごく自由になりました。