母が亡くなって、もうすぐ半年たちます。
コロナ禍となり、すすむ認知症、生きていてもつらかった母を見送って、今となっては、一番良い時に旅立ったと思います。
母の葬儀の後、妹が言った一言に本当にそうだと思いました。
「一般的に親が亡くなった後には、大変な実家の断捨離が待っているけれど、私たちはそれをしないですむ」ということです。
実家の断捨離は、二回の引っ越しの時に、すでに終わっていました。
実家の断捨離、それはそれは大変でしたが、お嫁さんが全部捨ててくれました
兄のお嫁さんは50代、私より三つ年下です。
自営業に嫁ぎ、私の両親と二世帯住宅に住み、苦労もあったと思います。
最初の頃は、可愛いお嫁さんで、母や私たち小姑ともうまくやっていました。
母は、プライドが高く、世間体を気にする人、一言で言えばそんな感じですが、たびたびお嫁さんとぶつかるようになりました。
お嫁さんと母は、一緒にいる時間が長く、母の本性を知り、次第に嫌いになっていったのではないかと思います。
父が亡くなるまでは、表面上は仲良くやっていました。
その後、母が老人性うつ病から認知症に移行して、おかしくなっていきました。
お嫁さんは、そんな母を、疎ましく思い、もっともっと嫌いになり、パニック障害になってしまったのです。
もう限界だから、別れたい。兄にそう告げたと言います。
熟年離婚の理由の一つに、配偶者の介護を押し付けられるというのがあります。
兄夫婦もそんな危機がありました。
結果的に、母が高齢者住宅に入り、問題は解決しました。
高齢者住宅に入る時に、大断捨離大会をしました。
大変!なんて一言ではすませられないくらいに、大変でした。
実家の断捨離、お嫁さんは高額な着物まですべて捨ててくれました。
昭和一けた生まれの母は、物を捨てるのが大嫌いな人でした。
もったいない、いつか使うかもそんな思いで、とにかく物があふれていました。
その断捨離は、母の見ていない所でやりました。
母がいると、それは使う、それは着れる、とっておいてと言うばかりで、捨てさせてくれないのです。
着物が大量にありました。
私と妹が、持ち帰ると思っていた母ですが、着物は着る予定も永遠に来ないと思った。
母にとっては着物が財産の一つだったと思いますが、時代は変わっていました。
どんなに高価な着物も、価値はなくなっています。
着物引き取り業者はいろいろありますが、大手のバイセルさんを選びました。
大量の着物は、大した金額にはならかったけれど、引き取ってもらえるだけでも助かりました。
どうしても断捨離できなかった、私と妹が20歳で着た振袖は、お嫁さんが、私たちの知らない間に捨ててくれました。
その時は、えっーと思ったけれど、今となってはお嫁さんに感謝です。
私の娘も着た振袖ですが、今度は孫に?そんな思いもあったけれど、時代は変わりました。
今はレンタルが主流です。
高価な着物の買い取りには、バイセルさんがおススメです。
今は見積もりもしてくれるようです。