老人性うつ病から、認知症へ
母は、今年86歳になりました、8年ほど前に、老人性うつ病になりました。
まず老人性うつ病になり、それから認知症に移行して行きました。
老人性うつ病の症状と、認知症の症状は非常によく似ています。
医師でも、区別のつかないこともあるそうです。
私の母の場合も、もの忘れがひどくなったり、眠れない、頭が痛いなどの不定愁訴が続いていました。
母がおかしくなっていったのは、父が入退院を繰り返すようになった頃です。
父は糖尿病を患っていて、まずは足の指の壊疽がはじまりました。
腐っていく足、治療のかいもなく、父は左の膝から下を切断しました。

父の介護のために、毎日病院に通っていた母は、ストレスも溜まっていたと思います。
父が病院を転々としたことも、負担になっていました。
その頃から、私と妹は、母の異常に気が付きました。
生きているのがつらいと言うようになり、同じことを何回も繰り返し話すようになっていたからです。
母が、心身共に疲れ果てたころ、父が他界しました。
老人性うつ病の原因、鍵を握るのが孤独と喪失感
老人性うつ病になる原因の多くは孤独と喪失感です。
母はそれをいっぺんに抱えてしまいました。
父が亡くなってから少ししてから、私と妹は母を病院へ連れていきました。
CTスキャンや脳の検査の結果、その時点では、認知症ではなく、老人性うつ病と診断されました。
母は、抗うつ剤の薬や、睡眠薬を服用しながらも、なんとか一人でがんばっていました。
兄夫婦と二世帯住宅に住み、一階で、自分の身の回りのことはなんでもできていました。
ところが、その実家を手放すことになり、母は大きなショックを受けました
父の死、そして父が残した家を売ることになる・・・
二世帯住宅と言っても、母と兄夫婦は一度も会わない日の方が多かったそうです。
孤独だったと思います。
母の老人性うつ病は認知症へと移行していきました。
老人性うつ病との一番の違いは、記憶障害があるかということです。
記憶障害があるのが認知症の特徴です。
母は、ガス栓の閉め忘れ、鍵の閉め忘れを頻繁におこすようになり、
兄のお嫁さんが介護をしなければならなくなりました。
そしてお嫁さんが、精神的な病気になり(パニック障害)、母は高齢者住宅に入ることになり、今に至っています。
(注意!老人性うつ病を介護していると、介護者もうつになるというデータもあります。)
うつ病は、強いストレスから発症すると言われています。
今日は母の日です。
私は母へどら焼きのセットを送りました。
どらやきにありがとうと書かれているものです。
洋服をおくっても着ません。
花や観葉植物をおくっても枯らしてしまいます。
食べ物が一番喜ぶことを知りました。
高齢者住宅は今、面会が大変厳しくなっています。
母と3か月会っていません。
自分から電話もかけられないくらいに認知症が進行していると思っていたのですが、昨日母から電話がありました。
仕事中だったのででられなかったのですが、留守電に10個もメッセージが入っていました。
お母さんだよ、ありがとう。
今日はありがとう
お母さんだよ、今食べたよ
こんな同じような言葉が何回も繰り返されて録音されていました。
母の日にそのメッセージを聞いて涙しています。
このコロナ禍で、高齢者のうつ病もいっきに増えるのではないでしょうか
私も今年還暦です。
高齢者とは一般的に60歳以上を言うらしい。
もうすぐ高齢者の仲間入りです。
自分自身もうつにならないように、ストレスをためないようにしなくてはと思っています。