5連休後の仕事は、やはり身体も脳もきつかったです。
脳も身体も毎日使わないとなまってしまうと感じました。
一人暮らしとなりやっぱり寂しさはなかなか消えません。
でもこれで良かったと思っています。
私は息子がいないと立っていられない親子共依存だったと思う
共依存という言葉をご存じでしょうか。
文字通り共に依存している状態です。
私は母子家庭となり、常に息子の心配をしていたし、息子のお世話が生きがいになっていたと思います。
4年前にこんな記事を書いていましたが、この共依存という関係性は、息子を自立できない人間に育てあげようとしていたのです。
もう一つのブログは母子家庭の日記として書き始めたのですが、過去の記事を読むと自分を犠牲にして息子のお世話をするのが生きがいになっていました。
マザコンと言われたこともありますが、それとは違う。
私が息子をがんじがらめにして離さなかったのです。
息子の方が先に気が付いて、親から離れなければ自立できないと悟ったようです。
昨年の夏ごろから、家を出たいと言っていたのです。
お母さんを捨てないでなんてしがみついていた私です。
自分の居場所がなかったことが原因かも。
父は妹を溺愛し、母は兄を溺愛していたので、私はいらない人間だってずっと思っていました。
焦って結婚した相手からも否定され続け、自分は存在価値のない人間だってますます思うようになりました。
そこで息子の世話をやくことで、自分の存在価値を得ようとしていたのだと気が付きます。
職場で自分の居場所ができたことで、息子からスッーと離れることができたのです。
(仕事が楽しいと感じるようになってから)
その頃から、もう過保護過干渉はやめようと決めました。
そして息子も自立を決断し、このタイミングでお互いに一人暮らしを始めたわけです。
今でも心配です。
どうしているか、何を食べているか、いろんなことが心配です。
でも干渉はしません。
息子の自立をさまたげてしまうからです。
生きている意味がわからない
これは昨年書いた記事ですが、この同僚も親子共依存に近いものだったと思います。
60年以上親子で二人暮らし、最後は高齢の母親を世話することが生きがいとなっていました。
なので高齢の母親を亡くした時に、どう生きていいのかわからなくなってしまったようです。
生きている意味がわからないなんてよく言っていました。
この同僚も現在一人暮らしです、先日は一時間も電話で話してしまいました。
今はもう元気で生きている意味がわからないと言っていません。
今は6匹の猫を飼い、猫の世話をすることが生きがいになっています。
彼女を見ていて思うのは、どんなに寂しくても時間が解決してくれるのかなということです。
こんな本も出ています。
自立できない大人にしてしまったのは親の責任かも。