今日は、午前中は買い物に行き、帰宅後は松屋の牛丼を食べました。
とっても幸せな気持ちになった私は、安上がりな女かも・・・
一人暮らしの良い所は、好きな時に好きなものを食べれる所。
息子がいなくなって、ご飯の味がしなくなった時もあったけれど、今はなんでも美味しく食べれます。
すべては慣れなのかもしれないです。
別居中の夫も一人暮らし歴7年で、たぶん一人で細々と食べているのではないかと思います。
私が家を出ていく宣言をした時は、よく俺を捨てないでくれと懇願してきました。
(もちろん大人しい時です。)
でも今になって思うのは、あの人は一人で生きていくべき人だったということです。
ずっと生きづらさを訴えていた夫
交際中は、わからなかったのですが、夫が突然キレたのは新婚旅行先のハワイでした。
えっ?えっ?なんなのこれはと青天の霹靂が続く。
結婚生活の諸々は、毎日が発見ネットに連載させていただいています。
夫の口癖は、この世は修行の場だ、生きていくのは辛いことでした。
たびたびキレて別人になる夫には、人格障害を疑いました。
今から20年前は、発達障害という言葉はなかったのです。
モラルハラスメント、ドメスティックバイオレンスという言葉もなかったです。
一緒に暮らしていて、普通じゃあないことはわかりました。
もしかしたら感覚過敏とか、聴覚過敏なんてこともあったのかもしれないです。
ずいぶん遠くで響く、救急車のサイレンが苦手だったり、仕事を終えて帰宅後は、神経すり減らしクタクタだったようです。
もしかして夫は発達障害だったのかも?
と疑い出したのは、息子が発達障害グレーと診断されてからです。
その時、初めて大人の発達障害を知りました。
今から、8年前のことです。
息子も、突然キレて暴れることがあったし、忘れ物をよくしていました。
自分は普通の子と違うと言い出したのが中2の時、それで心療内科を受診しました。
たとえグレーという診断であっても、彼はそれを受け入れませんでした。
しばらく通うようにと言われていても、それには従わずに無視していました。
クスリを処方してもらって飲んでいましたが、かえって悪くなるとゴミ箱に捨てていました。
嫌われる勇気や、思考の現実化、HSPの対処法などの自己啓発本を読みあさってました。
私に、なんで俺を産んだんだ?と責めたのは、自分が普通じゃないと思っていたからです。
今はそれを乗り越えて、一人暮らしを楽しんでいるようです。
私に助けてLINEをしてこなくなったのは、寂しい反面、喜ばしいことでもあります。
私自身は、発達障害は個性だと思っています。
脳のどこかに劣っている部分があって、人より秀でている部分もある。
これは、すべての人にあてはまることだと思っています。
ただその凹凸の差が激しいだけだと思うのです。
もし夫が発達障害だったとしたら、それはそれで苦しい人生だったのかもと、今は思います。
なんでキレるのか自分でもわからないっていうようなことよく言っていました。
夫は、本当は人に気をつかわずに、一人で生きていく方が向いていたのかもしれません。