認知症

何もわからなくなった認知症母親の足元で、号泣する息子




私の母87歳は、要介護5の認定を受け特別養護老人ホームに入居しています。
建物の中、母の部屋まで入ったのは、母が入居した初日だけです。

そこは一見穏やかな空気が流れているように感じましたが、実は違っていて何もかも忘れてしまった方、自分の力では何もできなくなった方が多く、皆さんボッーとテレビを見ていました。
部屋で寝ている方もいらっしゃいました。
特別養護老人ホームとは症状が重い人ばかりなのです。

先日、母の面会に行き、ある親子を目撃してショックを受けました。

何もわからなくなった認知症母の足元で、号泣する息子

コロナ禍ということで、面会が許されるのはエレベーターの前までです。
私たちと母が先に面会をしていると、そこにかっぷくのいいおばあさんが車いすにのってやってきました。

こちらをじっーとみつめています。

私の母は痩せてしまって今は30キロ台になっていると思う。
そのおばあさんは、肌にもはりがあり、かっぷくのいい方でした。
そこに男性二人が面会に訪れました。

最初は穏やかに話していたのですが、何を話しかけても返答していない様子でした。
そのうち、たぶん息子さんだと思われる方が大声で泣きはじめました。

「母ちゃん、母ちゃん、俺だよ。わからないのか」と。
それでもそのおばあさんは無言で一点をみつめていました。

もう一人の息子さんの方が、持ってきたカセットで細川たかしの矢切のわたしを流し始めました。
「母ちゃん、母ちゃんが好きだった矢切のわたしだよ、わかるか?」とといかけていたのに、それでもまったく反応なしでした。

私の母は、五木ひろしが好きで部屋で聞くように、カセットやDVDを置いてありますが、今は聞いているのかわかりません。

認知症の最終段階なのでしょうか。
もう何もわからなくなってしまったおばあさん。

人の目もはばからずに号泣する息子さんを見て、家族の悲しみと苦しみが痛いほどよくわかりました。

いつか母にもそんな日が来るのだろうと思うとせつなくなりました。

認知症が進行すると、表情がなくなっていきます。
わたしの母も、だんだんなくなってきましたが、私たち子どものことはまだわかっているようです。

母も最期の時間は自宅で過ごしたかったのだろうと思います。
残念ながら帰る家はありません。

最期は自宅で迎えたい、父も義父も、その願いは叶わず病院で亡くなりました。
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