介護

悲しい余命宣告

三が日も終わり、そろそろお正月気分から抜け出さなければ・・・
今日は6時に起床、久々にお弁当を作り職場へとむかいました。

職場に着いたら、アラカン同僚との会話は老親のこと。
93歳の母親と二人暮らしの同僚は、大変な年末年始だったらしいです。

夜中に何度も起こされるのは日常茶飯事で、一番困るのはご飯を食べなくなってしまったこと。
食べたくないと拒否するのですが、唯一食べれるおかゆを食べさせてあげたそうです。
(自分では食べないけれど、食べさせてあげると食べるのだとか)

そして93歳のお母さまは、入退院を繰り返していて年末に退院したばかりです。
退院する時に、桜の花が咲くころまではもたないかもしれないと言われたそうです。

悲しい余命宣告です。

アラカン同僚は、その余命宣告にも悲観する様子はなく、たぶん死なないなんて言っています。
どうしてかというと、今までも何回も余命宣告を受けているからなのです。

だから信じないそうです。

昨年の年末は、おかしなことを言い出したと嘆いていました。
人には見えない物が見えたそうです。
おばけがいるって。

その時、アラカン同僚は、いよいよ死神が迎えにきたのかと思ったそうです。
その内、おばけは見えなくなり、93歳のお母さまは元気になられたのです。

それでも桜の花の咲くころにはと、余命宣告を受けてしまいました。

アラカンの同僚は、おひとりさまですが、親を施設に入れずに自宅で介護しています。
介護を助け合っていた妹は、50代で病に倒れ、半身不随になってしまいました。

職場にもいらっしゃったことがありますが、50代たぶん私と同い年だったと思いますが、脳内出血で倒れ手術をするも、左半身マヒで親の介護どころではなくなってしまったのです。

それでアラカンの同僚が、一人で介護をすることになってしまいました。
パートに来ている間は、ヘルパーさんや近所の方に見てもらっているそうです。
最近はディサービスにも行けなくなったしまったので、ほぼベッドの中で過ごしていると聞きました。

そんな状況でパートに来ているのは、介護のストレスを解消するためでした。
少しでも老親と離れる時間があると、気がまぎれるのだそうです。

昨日も寝ていない、またもらした、わがままを言う等々、母親の介護の愚痴を職場で話すことはストレス解消になっているそうです。

桜の花が咲くころまでの余命宣告

それを通り越して、今度は夏までにはの余命宣告になるんじゃないのなんてアラカン同僚は明るく話していました。

本当の心の中は、93歳の母親との別れを覚悟しなくては、でも信じたくないと揺れているのではないかと感じました。

余命宣告で思い出したのは、義父のこと。
もう20年前の話です。
お正月に入院し、肝臓がんの末期でした。
余命は梅の花の咲くころと言われました。

実際にあの世に旅立ったのは、梅の花が散るころでした。

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