野村沙知代さんの訃報 ピンピンコロリは、理想的な死に方ではないのかも。

読者の皆様、こんばんは。

昨晩はなかなか寝付けず、夜中に時計を見たら、二時でした。

のどがカサカサだったのでむくッと起き上がり、リビングに行き、みかんを一つ食べて、再び布団に入りました。
そうしたらすぐに眠れました。

やはり湿気の多い部屋と言えど、冬は乾燥しているのかもしれません。

今日は、寝不足で、仕事でたくさんミスをしてしまいました。
ちゃんとした睡眠時間の確保は大事だと実感しました。

先日、野村沙知代さんの訃報を聞きました。死因は虚血性心不全、ピンピンコロリだったようです。

さっき野村元監督をテレビで見たけれど、すごく年取っていらっしゃってびっくりしました。

普通のおじいちゃんでした。

80歳を過ぎると、急に老け込む方が多いんですね。

野村沙知代さん、前日まで元気だったそうで、亡くなる当日も、お昼頃までは、普通に話していたそうです。

急に、話さなくなって、何度、声をかけても答えなくなったので、救急車を呼んで、そしてそのまま病院で亡くなったそうです。

野村元監督は、ただびっくりしているとおっしゃり、奥さんの死を受け入れられないようでした。

亡くなる前日まで元気で、突然亡くなってしまう。
老後はピンピンとしていて、コロリと逝きたい、ピンピンコロリの亡くなり方は理想的だと、言われていました。

私も、誰にも迷惑をかけず、寝たきりにも病気にもならず、ある日コロリと逝きたいなと思っていました。

でも、このピンピンコロリという亡くなり方は、理想的な亡くなり方ではないという説もあります。

まず、本人も周りも死の準備ができていない、突然のお別れになってしまいます。
癌とかで、余命宣告をされていたら、家族も本人もお別れの準備ができます。
 
会えなくなるかもしれない、徐々にその気持ちを受け入れていくこともできます。

私の従弟は、32歳でこの世を去りました。
とても早すぎる死でした。

大腸がんが進行し、余命一年と宣告されました。

その若さで、ちゃんと終活をしていきました。

家のこと、子供たちのこと、自分のお墓まで建てて、最後はお葬式の準備までしていきました。

強い人だったと思います。
なかなかそこまでできる人はいないと思いますが、とっても立派な最期でした。

子供たちは、まだ小学生でしたが、ちゃんとお父さんの死を受け入れていました。

従弟も、その家族も死の準備ができていたのです。

そして、ピンピンコロリという亡くなり方、たとえば家で突然亡くなってしまうと、不審死という扱いとなり、警察の捜査が入る場合があります。

以前、近所にもいました。
50代の男性が布団の上で亡くなっていたのですが、その日はずっと警察の方が来て、いろいろと聞かれたり、現場検証をしたりと、悲しんでいる暇はなかったと遺族の方はおっしゃっていました。

ピンピンコロリは、年齢に関係なく起こりうることです。

50代の今、終活とまでは言わないけれど、私がいなくなっても大丈夫なように、少しづつ準備は必要かもしれないと思いました。

野村沙知代さんと、野村元監督は、70代のころから、お互いに迷惑をかけないで、コロッとあの世へ行こうと話されていたそうで、本当にその通りになったとおっしゃっていました。

野村元監督は、たぶんガックリされていると思います。

お店のお客様も、ご高齢の方が伴侶を亡くされた場合、女性はケロリとしておひとり様の老後を堪能している方が多いですが、男性の方が、ガックリしてしまう場合が多いように見えます。

初老の男性客が、お昼ごろに、お弁当を買いにくる方、けっこういます。
皆さん、元気ないです。

ご訪問ありがとうございました。

スポンサーリンク




コメントの入力は終了しました。