認知症

孤独と喪失感からうつ病になった母、老人性うつ病から認知症へ、




老人性うつ病から、認知症へ

母が亡くなって、もうすぐ二年になります。
月日がたつのは本当に早い。

母の夢をよく見るのですが、それは恰幅がよく、大家族を仕切っていた頃の姿です。
晩年は、認知症になって、最後は枯れ木のようになって亡くなっていきました。

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この時は、衝撃的でした、本当に枯れ木のようにガリガリになった母を見て。

母は、70代後半で、老人性うつ病になりました。
まず老人性うつ病になり、それから認知症に移行して行きました。

老人性うつ病の症状と、認知症の症状は非常によく似ています。
医師でも、区別のつかないこともあるそうです。

私の母の場合も、もの忘れがひどくなったり、眠れない、頭が痛いなどの不定愁訴が続いていました。

母がおかしくなっていったのは、父が入退院を繰り返すようになった頃です。
父は糖尿病を患っていて、まずは足の指の壊疽がはじまりました。
腐っていく足、治療のかいもなく、父は左の膝から下を切断しました。

父の介護のために、毎日病院に通っていた母は、ストレスも溜まっていたと思います。
父が病院を転々としたことも、負担になっていました。

その頃から、私と妹は、母の異常に気が付きました。
生きているのがつらいと言うようになり、同じことを何回も繰り返し話すようになっていたからです。

母が、心身共に疲れ果てたころ、父が他界しました。

老人性うつ病の原因、孤独と喪失感

老人性うつ病になる原因の多くは孤独と喪失感です。
母はそれをいっぺんに抱えてしまいました。

父が亡くなってから少ししてから、私と妹は母を病院へ連れていきました。

CTスキャンや脳の検査の結果、その時点では、認知症ではなく、老人性うつ病と診断されました。

母は、抗うつ剤の薬や、睡眠薬を服用しながらも、なんとか一人でがんばっていました。

兄夫婦と二世帯住宅に住み、一階で、自分の身の回りのことはなんでもできていました。
ところが、その実家を手放すことになり、母は大きなショックを受けました
父の死、そして父が残した家を売ることになる・・・

二世帯住宅と言っても、母と兄夫婦は一度も会わない日の方が多かったそうです。

孤独だったと思います。

母の老人性うつ病は認知症へと移行していきました。

老人性うつ病との一番の違いは、記憶障害があるかということです。
記憶障害があるのが認知症の特徴です。

母は、ガス栓の閉め忘れ、鍵の閉め忘れを頻繁におこすようになり、 兄のお嫁さんが介護をしなければならなくなりました。
そしてお嫁さんが、精神的な病気になり(パニック障害)、母は高齢者住宅に入居することになったのです。

長年住み慣れた場所を離れ、サ高住に入居した母は、表面上は明るくしていたものの、本当は孤独と闘っていたかもしれません。
症状をおくらせる薬を飲んでいたけれど、あれよあれよという間に認知症は進行していきました。

今、思うのは、母には一人で楽しむ趣味というものがなかったということ。
一人になれていなかったのです。

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