もう親を捨てるしかない、兄は母を捨てた。



人の悩みというのは、ほぼ人間関係の悩みだと言われています。

妹と喧嘩をした後、ずっと心に重いものがあります。
母が可哀想だという気持ちも、まだ残っているけれど、仕方ない、母が蒔いた種なのだと思うことにしました。

とりあえず、お正月は私一人でも会いにいくことを決めました。
母の住んでいる高齢者住宅は、一泊3000円で泊まれます。

ちょっとした旅館並みの6畳の和室です。
隣には自由に入れるお風呂もあります。

泊まっていきなよと、いつも母は言います。

お正月泊まろうかなと、一瞬思ったけれど、やはり高齢者住宅に宿泊はしたくないというのが正直な気持ちです。
(将来、自分も入居するかもしれないし)




もう親を捨てるしかない、兄は母を捨てたのだと思います

客観的に見て、兄はずっと抱えていた重い荷物を、ついにおろしたのだと思いました。

人の目、親戚の目、私たち妹の目を気にしてか、母を捨てずにここまできたのだと思う。

ずっとずっと母が重かったと以前、話していました。

長男としてこうあるべき、家を継ぎなさい。
お店を継ぎなさい。
あげくに孫の教育まで口に出してきました。

他人であるお嫁さんは、早く親を捨てなさいと兄にはっぱをかけてきたのだと思います。

小姑である私と妹がそれを許さなかったわけです。

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実家を売りに出し、母を高齢者住宅に入れた時、兄はもう母を捨てたのだと思います。

私と妹が、ガミガミ言わなければ、母に会いに行くこともしませんでした。

今年は、なんと一回しか行きませんでした。
(それに関し、妹は、兄を非難し続けていますが)

母を背負って生きていくことに疲れてしまったのか。
以前ブログに書きましたが、実家を売却した時に、兄は倒れました。
そして生死をさまよいました。

奇跡的に生還しましたが、今も体調は完全ではないのです。
車の運転もできなくなり、重いものを持てないという後遺症もあります。

なんで長男である兄は、母を捨てたのかと責める気持ちがずっとありました。

最近は、兄は母という重い荷物をおろしたのだと思うようになってきました。

この本は、介護もお葬式もお墓も遺産もいらない、もうすべてを捨てて楽になりなさいという内容です。
レビューの中には、肝心の親の捨て方が書いていないというものもありました。

共倒れになるくらいなら、もう親を捨てなさいということなのでしょうか。

そしてこの著書の最後は、親も子供もお互いに頼らず自立が一番と書かれていました。

50代の今、自分の老後はどうなるかなど、まだ想像がつきません。
自立したお婆さんを目標にしたいものですが、それと同時に子供に捨てられる覚悟も必要だと感じました。

母が憐れなのは、兄に嫌われていることを気が付いていないということです。
未だに、○○、○○と兄の名前を連呼しています。

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