熟年別居

娘に負わせた心の傷、3人で逃げていれば・・・




LINEブロックの記事を書いた所、やはりPV数が上がっています。
やはり親子関係の悩みをお持ちの方が多いのかなと感じました。

私が書いているのは子育ての失敗例です。
そして弱い自分を戒めるためにも書いています。

18歳で家を出た娘のその後

歩いて15分くらいの所に引っ越したので、夕飯は食べに帰ってきました。
でも、DV夫が帰ってくる車の音がすると、裏口から逃げるようにマンションへ帰っていったのです。

夫が暴れて、私と息子に危険が及んだ時は逃げて娘の所にとめてもらうこともありました。
6畳一間で3人で川の字になって眠りました。
娘は三人でここで暮らしてもいいよと言ってくれたのですが、ワンルームで3人はどう考えても無理だったし、一番の理由は、息子の学費が払えないから

骨折と聞いて思い出す、悲しい夜
50代の方のブログを拝見しています。その中のおひとりのブロガーさんが骨折されたという記事を読みました。ご主人と復縁して幸せそうです。復縁という選択は間違ってはいなかったと思います。とても優しそうなご主人のようなので。確かに、骨折は尋常な痛み...

当時のことを記事にしていました。
娘は3人で頑張ろうと言ってくれたのに、その時は小5の息子を守ることで頭がいっぱいだったのです。

なんでもっと早く3人で逃げなかったか

娘も息子も私立小に入学し、そのまま中学高校にすすむことを希望していました。
(私立に入れたのは夫の希望、従うしかなかった)

DV被害者の家やシェルターに相談に言った時、子供の転校が必須だと聞き、子供たちに相談しました。

3人で逃げようと、私が相談をもちかけると、転校はいやだ、お母さん、もう少しがまんしてと言うのが子供たちの答えでした。
私は夫に内緒でパートをしていましたが、二人の学費で消えて行き、どんどん減らされていく生活費でも、それがなければ生活できなかったのです。

何とか娘は高校を卒業でき、家を出る前日には、泣きながらお父さん育ててくれてありがとうと言いました。
憎い父親にです。

これは私立に12年間通えたことの感謝の気持ちだと思います。
次は息子だ、あと7年間耐えようと決めたのですが、その時から息子を守ることしか考えていなかった私。

それが娘の心に大きな傷をつけたと思います。

これは自分も母は兄を溺愛、父は妹を溺愛と寂しい思いをして、心に傷を持っていたのに、同じことをしてしまったのです。
私は母からほめられたこともなく抱きしめられたことなどもちろんありません。

だからもしかしたら、子供の愛し方がわからなかったのかもしれません。

娘が家を出た4年後、私は息子を連れて逃げました。
息子が私立高校進学をあきらめ、公立高校受験を決めたからです。

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