老後の暮らし

一億円の家を手放した、60代兄の現在




私には帰る実家が、ありません。

二世帯住宅だった実家は、数年前?もっと前か忘れるほど前、まだまだ住める家を兄夫婦は手放しました。
私自身も、元が家の解体を経験したので、自分の家がなくなる悲しみとか、喪失感が痛いようにわかるようになりました。

兄も母も辛かったと思います。

一億円で建てた家、解体される。

築20年のまだまだ住める家を取り壊された時、どれだけ悲しかったか。

兄夫婦や母はその壊される瞬間を見ていません。
ショックが大きすぎて見ることができなかったのです。

なぜ?一億円の家を手放すことになったか?

一番の原因は、身の丈にあっていなかったということです。

父と兄は、三階建ての鉄筋コンクリートの豪邸を建てました。
(注文住宅です)

男というのはマイホームに関してロマンや夢があるのか。
自分の力で家を建てたという事実を、残しておきたいものなのか。
極端に言えば、頑張って生きた証を、この世に残していきたいと思うものなのか。

いろいろな理由があると思うけれど、兄は無理をしすぎたということです。
その家を建てたころは、ちょうどバブルがはじけたころでした。

バブルははじけたけれど、日本の経済はそんなに落ち込んでいなかった頃だと思います。

三階建ての立派な二世帯住宅は、父も母も、兄夫婦も自慢の家となっていました。
父は糖尿病闘病の末に亡くなりましたが、この家が大好きでした。

三階建ての二世帯住宅、大きい家は光熱費もかかった。

暖房は床暖房でした。
そんな贅沢しちゃったものだから、光熱費が万単位でかかっていたらしいです。

光熱費の督促状がくるようになって、母は、兄夫婦の経済状況が大変なことになっていることに気が付いたのです。
それで自分の老後資金を全部、ローンの支払いや光熱費の支払いにつぎ込んでしまったのです。

母の老後資金をつぎこんでも、火に油をそそぐ状態だったようです。

消えた老後資金、母の預金一千万円は瓦礫の山になりました。
11月だというのに、暖かい一日でした。 ここ何日か、猛烈な寂寥感に襲われています。 息子がいるのに、寂しい。 仕事していても、私は孤独だとふと思ったり。 このような原因不明の寂しさは時々襲ってきます。 今日...

こんなことになるとは、誰も思っていなかったと思います。
私も妹も、母がそこで豊かな老後を過ごすのであろうと思っていました。

一番、手放したくなかったのは兄自身だと思います。
汗水垂らして、頑張って働き、ローンを払い続けてきた兄。

親父が残した家を手放すものか、マイホームを守りたいと、必死だった兄。

それでもだめで売却が決定し、引っ越しまであと一か月という時、兄は病に倒れました。

住宅ローンの借金に追われて、相当のストレスがあり調子が悪くても、病院へは行く暇がないほど働いていました。
生死をさまよった兄ですが、その後、奇跡的に回復し、66歳の現在も現役で元気に働いています。

一億円のマイホームを手放した兄の現在

一億円で建てた家は、けっきょく3000万になってしまったのですが、その3000万を元手にマイホームを買う予定でした。
ところが、東京の不動産の高騰で、手を出すこともできなくなってしまったのです。

現在は自営業のお店も賃貸、住まいは貸家です。
最近は肋骨を骨折したとか、それでも毎日仕事を続けているとのこと。

お店は次男が継いでいます。

父が残したマイホームは手放してしまったけれど、お店の方は必死に守り続けています。

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