夫の遺品は、家の解体とともに、跡形もなくなくなりました。
でも、目をつぶると、モノにあふれていた元わが家の風景が浮かんできます。
子供たちとの思い出の品も、みんな置いてきちゃいました。
母が買ってくれたおひな様も、五月人形も、置いてきました。
押し入れに眠っていたと思う私のビィトンのバッグも、子供たちが使っていた通学カバンも。
プラチナの結婚指輪もたぶんどっかにあったと思う。
自分では捨てられなかったものたち
これで良かったのか?と時々思います。
すべてを私の手で無にしてしまったのだから。
思い出の品って、なかなか自分では捨てられなかったと思います。
なので、やっぱりまるごと断捨離は正解だったと思うことにします。
モノに関しては、まるごと手放したので、もうすべて過去のモノになったけれど、自分自身は、なかなか前に進めないでいます。
本当に自由になったのに、です。
夫が亡くなって、来月でもう一年です。
そろそろ自分の人生を楽しみたいと思います。
断捨離のしすぎに要注意
思い出のもの、夫のもの、家電や家具は捨てて正解だったと思うけれど、捨てて後悔しているものもあります。
今回、一年近く空き家だったことを証明するために、電気ガス、水道をいつ止めたかという記録が必要になりました。
水道高熱費に関しては、滞納分がけっこうあったので、それをすべて私が払い、止めることができたのは11月だったと思います。
なんで私が?とムカつきながら、一つずつ作業をした記憶があるのですが、支払い記録や領収書などを全部捨ててしまったのです。
夫の名前で契約しているモノは、名前も見るのも嫌で、どんどん捨てた。
今になって、それが必要になるとは、思っても見ませんでした。
水道、電気、ガスそれぞれの会社に電話し、証明になるものを送ってくれるように頼みました。
何につかうのか?夫は了解済みなのか?等々いろいろ聞かれて、イチイチ説明して、すべてが終わるのに二時間かかってしまい、ドッと疲れました。
断捨離のしすぎもよくないって、反省しました。
まだ手元にあるのは、夫のスマホです。
とっくに解約しているので、中は見れません。
メルカリに出品しようかとケチな考えが、脳裏をかすめ、なかなか捨てられませんでした。
孤独死した夫が最後まで使っていたスマホ、いくらキレイにしても、やはり誰かに使ってもらうのは申し訳ない。
近いうちに手放します。