おひとり様の老後

61歳まで生きたから、今後の人生はおまけみたいなもの




ニュースで、映し出されるウクライナの状況、小さな子供が戦争はいやだと涙をこぼしていました。
こんなに小さい子まで巻き込んでしまう戦争、一日も早い終焉を祈っています。

これから大変な時代がやってくるかもしれない。
でもそんなこと、本当は信じたくないです。

昨年生まれた孫が、悲しい目や怖い目にあうと思うといたたまれない気持ちになります。
平和な時代が続くように、これも祈るしかありません。

私自身は、もう充分生きたと思っています。
60歳と言えば、ひと昔前までは定年退職して引退する年です。

残りの人生はおまけみたいなもの

結婚生活はつらいことの方が多かったけれど、別居後は自由になれました。
旅行にも行けたし、夜に出歩くこともできました。
もう充分。

一番の喜びは、孫に会えたこと。
娘は結婚しないかも、子供は嫌いと言っていたから、孫に会えるとは思っていなかったのです。
今はしっかりママしています。

もうすぐ一歳になる孫です。

 

遊びに行くと抱きついてきて、本当にかわいい。
こんなにかわいい孫の存在さえ知らない夫は、可哀想な人だって時々思います。

61歳まで生きて、残りの人生はおまけみたいなものだと思っているので、残りの人生は人のために生きたいって思っています。

私には何ができるのか考えてみました。

生涯現役で、スーパーで働き続けること。
そして買い物にくるお客様に少しでも明るい気持ちを届けること。
困っていたり悩んでいる同僚の力になること。
そして日本のため、世界のために祈り続けることです。

AIが発達しても便利な世の中になっても、人間の力ではどうにもできないことがあります。

娘と息子もクリスチャンです。
夫の暴力に悩んでいる時に、クリスチャンのママ友のすすめで教会に通い出しました。
時には、夫の教会へ行くのを邪魔されたこともあったけれど。

今、私が平穏な気持ちで暮らせるのは、神様のおかげなのです。
死ぬのは怖くありません。
でも、孫に会えなくなることが、寂しいだけです。

娘も、さまざまな困難を乗り越えてきましたが、今は神様から離れています。
大学生の息子は、一度、教会から離れていましたが、今も教会の礼拝に出席しています。

受験うつで、一浪し、もう後がないという時に、教会にもどり必死に祈ったそうです。
苦しい時の神頼みってやつですねー。

国立後期の試験の最中に、頭が真っ白になり、もうだめだ、俺の人生終わったと思ったそうです。
その時に、神様助けてと心の中で祈ったら、急にすらすらと問題がとけるようになったとか。
そして、合格するほどの点数はとれていないことがわかり、合否発表までは暗い毎日を過ごしていました。
で、奇跡が起きた?たぶんギリギリの最下位での合格だったと思います。

その体験から、神様の存在を信じるようになった息子です。

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