認知症

そういえば母は、何もすることがなくなってからボケ始めた・・・




高齢の常連のお客様が、コロナ禍の影響なのか、たくさんの方がみえなくなりました。
みなさん、どうしているのか、老人ホームに入られた方もいるのかもしれません。

人は老いていく、そしてできないことが増えていく。
たくさんの高齢者の方を見てきて、そう思います。

コロナが流行しなかったら、まだまだ元気で過ごせた方もたくさんいらっしゃったと思う。
麻雀が大好きで、お菓子をたくさん買いに来たおばあさん、母と同い年の方でしたが、その方もみえなくなりました。

昨年の今頃書いた記事ですが、やっぱりコロナのせいで人生変わっちゃった方、たくさんいると思います。

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そういえば、私の母は何もすることがなくなってからボケ始めた

私の実家は大家族でして、一時は10人暮らしの時も。
両親、祖父、兄、妹、私、そして叔母も一緒に住んでいた時代もあったのです。

父が食堂を経営していて、母はお店を手伝ったり、趣味の洋裁をやったり、買い物にもよくでかけていました。
とにかく忙しい人でした。

大家族の中で暮らし、寂しいと思ったことなど一度もなかったと思う。
父の晩年は、糖尿病で長い闘病生活になり、母は毎日、父の病院へ行き付き添っていました。

コロナ禍の今では考えられないですが、本当に毎日病院に通い続けました。
70代も後半となり、ヘトヘトだったと思います。

たまには休めば?と行っても、言うことを聞かずに通い続けていました。

お店は兄夫婦が切り盛りするようになり、二世帯住宅に住むようになった母は、もうやることがなくなっていったのです。
母がやることは、父の介護のみ、最後の方は義務的な気持ちで病院へ行っていたと思います。

父がなくなり、母は老人性うつ病になり、その頃から、急激にボケていきました。

老人性うつ病から認知症へ、母の日に涙
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久しぶりに自分が書いた記事を読み、涙がでました。
母は昨年の5月には、まだ携帯が使えていて、電話をくれたこと思い出しました。

老人性うつ病から認知症に移行していく高齢者は多いようです。

二世帯住宅でひとりぼっちで過ごしていた母は孤独で、何もすることがなかったと思います。
あんな環境ではいくら進行を遅らせる薬を飲んでも、だめでした。

子供の世話、親の介護、やっている時は大変です。
だけど、人は誰かのためにお世話をする時間が一番幸せなのかって思います。

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