アラカンのつぶやき

60代になっても、人から否定されるのがトラウマになっています




人に注意されたり、バカにされたり、否定されたりするのがものすごく嫌です。

脳の老化のせいだと思いますが、未だに仕事でミスをします。
50代の頃と何かが違う。

未だに年下の後輩から注意をされると、すごく落ち込んでしまいます。
とても些細なことでもです。

ミスをするのは自分が悪い、だけどそれを指摘され注意を受けるのがすごく嫌です。
布団にくるまって聞こえないふりしたいくらい苦手です。

なんでだろうと考えてみた。

60代になっても、人から否定されることがトラウマになっていることに気が付く

心の傷というのは簡単には癒えないみたいです。
私は、今まで母にも夫にも否定され続けてきました。

おまえはだめな人間
こんなこともできないのか?等々、母や夫から受けた暴言の数々は未だに忘れることができずにトラウマになっているのです。

そしてもう一つ悲しいことも時々思い出します。

父が亡くなる少し前、お見舞いに行った時に、私のことがわからなくなっていました。
親戚のおばの名前を答えました。
もう顔もわからないんだと思ったのですが、今度は妹が誰だかわかる?と聞いたのですが、妹の名前をはっきり言いました。

私と妹は双子なので、顔も声もそっくりです。
それなのに私のことはわからなくて妹のことはわかるって、すごくショックでした。

父が亡くなった後、父の日記が出てきたのですが、そこに書いてあるのは妹のことばかり。
私の名前は一つも出てきませんでした。

妹は都内に住み、介護職なので父の世話をよくしていました。
私はモラハラ夫に邪魔されて、両親に会いにいくこともままならない状況でした。

そんな理由はあるとしても、私の顔はわからないし、日記には自分の名前がないということを知って頭を殴られたような気持になりました。

小さい頃から父は妹を可愛がっていたので、私は父親からも否定されたような気持になりました。
母は兄を溺愛していたし、私はいらない人間なんだとよく思ったものです。

私を否定し続けた夫から離れて、今は自由な暮らしをおくれるようになりました。
快適です。

夫から離れて6年たったので、私はもう大丈夫だって思っていたのですが、人から否定される苦痛というトラウマは消えていませんでした。

教会の友人に、否定されたり怒鳴られたことを思い出し苦しくなると相談しました。

友人の答えは、母の事、父の事、夫の事を許しなさいというものでした。
思い出すというのは、許していないからなんだそうです。

相手を許したら、思い出さなくなるというのです。

私が自分が抱えているトラウマを手放すのは、三人を許すことのようです。
自分では許しているつもりなのですが、許していないのかな。

相手もそうするしかなかったという相手側の気持ちにたってみたら?と助言されました。
なかなか難しいことだと思います。

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