アラカンのつぶやき

同い年の妹と喧嘩が絶えなかった理由、老後は仲良くしていきたい




今日は売り場にクリスマスケーキを並べましたが、さすがに今日はあまり売れませんでした。
やはりクリスマスイブの明日か、25日に食べるのが主流なのでしょうか?

私は明日買う予定です。

今日は妹との仲について書きたいと思います。

同い年の妹と喧嘩が絶えなかった理由

過去にも書きましたが、妹と私は同い年、つまり双子です。
私の方が45分早く生まれたので一応長女です。

このブログにも、以前書いていたブログでも、私はさんざん妹の悪口を書いてきました。
今まで本当によく喧嘩をしました。

東京と神奈川で、めったに会いませんが、喧嘩はいつもline上でした。
言葉の殴り合いになり、私は何回も妹をブロックしました。

ほとぼりが冷めてから、ブロック解除し、またしばらくすると喧嘩になりました。
ここ二年くらいは、やっと喧嘩をしなくなりました。

なぜすぐ喧嘩になったのか?

それは私の心の中の闇が関係しています。
小さい頃から父親に可愛がられていた妹。
その妬みが、心の奥にジクジクと根付いていたわけです。

結婚後、今度は良い旦那さんのことで、うらやんだりねたんだりしていました。
妹の旦那さんと私の旦那は、月とすっぽん?とにかく雲泥の差でした。

本当に良い人すぎて、つい自分の旦那と比べてしまった。
どうしようもない旦那を選んだのは、他でもない自分なんですけどね。

双子というのは、本当に小さい頃から、比べられて育ちます。
それもすごく嫌でした。
妹はすべてに優等生だったからです。

喧嘩をしなくなったのは、私が変わったからかもしれないです。

DVモラハラ夫との結婚生活で、私の心はボロボロだったし、母子家庭のスタートは何もかも自分でやらなくてはならなくて、毎日すさんでいました。

息子が浪人し、大学生になるまでは本当に必死だったので、息子が落ち着いてきて、自分の心の傷も癒されてきたら、妬みという感情が消えていきました。

妹は、私をバカにしているのでは?という被害者妄想もあったかもしれないです。

貧乏ながらも生活が落ち着いてきて、一人時間を堪能できるようになって、やっと本来の妹の姿が見えてきたのかもしれないです。

妹に母の介護を押し付けていました。
遠いという理由で、私は逃げてきました。

ここ二年くらいは、交代で母の通院介助をするようになりました。
やはり親の介護は助けあわないといけないって思ったからです。

老後は妹と仲良くしていきたい

コロナが収束したら、いっしょに食事にも行きたいし旅行にも行きたいです。
小さい頃は仲がよかった私たちです、老後もずっと仲良くしていきたいって思うようになりました。

ちなみに双子でも性格はまったく違います。
妹は芯が強い人です。

顔や声はそっくりらしいです。

高校時代はよく見知らぬ人に声をかけられました。
妹の友達です。

逆に私の友人からは、昨日〇〇に居たよね?声をかけたのになんで無視した?なんて言われました。
それは妹だったわけです。

人と自分を比べて落ち込む、これはマイナスの行為だと気が付きました。
なんのプラスにもなりません。

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