雑記

自ら命を絶った親友、33年たっても忘れられない




8月になりました。
今年は本当にいつもと違った夏になりそうですが台風が怖いですね。
7月に台風が来なかった分、これからたくさんきそうです。

何事も恐れることはやめて、備えましょう。
恐れてばかりいるとそれが現実のこととなってしまうからです。

三浦春馬さんの訃報から今日で二週間たったわけですが、未だに三浦春馬ロスで苦しんでいる方が多いようです。

私にとっては自分の息子のような年齢の三浦春馬さんですが、本当に偉大な方でした。
あれだけ多才の人はいないと思います。
見えない所ですごい努力をしておられたようですが・・・

私の高校時代の親友も33年前に、自ら命を絶ちました。

33年たってもあの時の衝撃はいまだに忘れられません。

難聴という障害を持っていました。

高校に入学してすぐに仲良くなった唯一の親友です。
当時は交換日記をしていて、いつも将来の夢を語り合っていました。

親友と一緒に北海道一周の旅行をしたことが一番の思い出です。

とてもかわいい顔をしていたので、北海道のユースホステルでもモテモテでした。
ユースホステルの旅人たちはみんな優しく接してくれました。

高校を卒業しても私と親友はいろんな所を旅しました。
本当に楽しかった青春時代の思い出がたくさんあります。

社会に出てから、難聴という障害が親友を苦しめることになりました。

そして精神を病んでしまった友人。
何回も何回も悩みを聞いていましたが、私には何もできなかったのです。
本当にただ聞いてあげることしかできませんでした。

27歳になっていたある日、親友から電話がきました。
私はお風呂に入っていて出れませんでした。

「あとで電話すると言って!」と伝言を頼みました。

そしてすっかり忘れていた三日後、友人のお母さんから電話がきました。。
(あの時代はスマホなんてなくて、家電だけでした)

「○○が天国に旅たちました。」

「えっ?」

私は冗談を言っているのだと思いましたが、本当のことだったのです。

お通夜葬儀の連絡でした。

親友は、私にSOSを発信しようとしていたのか、ただお別れの電話だったのか、わかりません。

電話に出なかったこと、そして折り返し電話をしなかったこと。
33年たった今も悔いています。

親友の死は、33年たっても忘れることができません。
思い出すのは20代のままの可愛い顔です。

今、ユーチューブでいろんな三浦春馬さんを見ています。
すごい人だってあらためて思います。

三浦春馬さんは映像の中に残っています。
もうこの世にいないと思うと寂しいですが、映像の中でいつでも会えます。

両親からの愛情はもらえなかったけれど、ファンや友人たちにこんなたくさんに愛された人はいないって思います。

三浦春馬さんの本「日本製」、重版が決まったそうで予約をすれば手に入ります。
日本全国を回った三浦春馬さん、神奈川県は鎌倉を取材されています。

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