認知症

長生きは悲しいことかもしれない、造花に水をあげて喜ぶ母を見て・・

母を見ていて、長生きするのは悲しいことかもしれないって思うようになりました。

今回母の所に行き、一番感じたのは表情がなくなっていたことです。
自分の母ながら、覇気がなくなり幽霊のように見えました。

コロナの影響で訪問散髪も来てもらえず、真っ白い頭髪はボウボウに伸びていました。
二か月ぶりに会い、いやでも認知症の悪化を認めざるをえませんでした。

せつなくなったのは造花に水をあげていたことです。

母は庭いじりが好きで、いろいろな植物を育てていました。
サ高住に入居してからはベランダがあったので、何回か観葉植物をプレゼントしていました。
しばらくは水やりが楽しかったようですが、そのうちそれもできなくなり枯らすことが多くなりました。

それで考えてプレゼントしたのが、空気をきれいにするというアートフラワーです。
その造花に毎日水をあげているようです。

「この花きれいに咲いたのよ」

「この花枯れないのよ、すごいでしょ」

「ヘルパーさんもみんなきれいだって言ってくれる」と楽しそうに話す母。

「お母さん、その花は造花だから、水をあげなくていいんだから、それに造花だから枯れないよ。」と言おうと思いましたが、言葉を飲み込み、うんきれいだねと相づちをうちました。

造花だから枯れない
造花だから水をあげなくていい

こんなことを言ってもすぐ忘れるだけだと思ったからです。

会うたびに母が母でなくなっていく現実を見て、ただせつなくなりました。

みんなに迷惑かけたくない、これが母の口癖でしたがこれも言わなくなりました。
父の話も兄の話もまったくしなくなりました。
ただ毎日、ディサービスに行くのを楽しみに生きています。

まるで遠足にいくのを楽しみにしている子供のように、ディサービスの準備をしてから寝ているようです。
年をとると子供に帰っていくと言いますが、本当にその通りだと思います。

母は今要介護2ですが、これ以上すすむとグループホームにうつされてしまいます。
グループホームは重度の認知症の方ばかりの施設です。

そこに入れば、大好きなディサービスにも行けなくなり、ただ食べて寝るだけの毎日になるかもしれません。
そしてすべての記憶をなくしていく。

そんなことを考えると、長生きするのは悲しいことかもしれないって思ってしまうのです。

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