熟年離婚

熟年別居5年目、私が別居に踏み切った理由




朝、アパートを出たら大雨。
ついてない、一番雨が強い時間だったようで、傘をさしてもぬれてしまいました。

今日は忙しい一日で、ほぼサービスカウンターの仕事でした。
相変わらず、覚えられない仕事があり、脳がかなり疲れました。

くたくたになって帰宅、今、一人鍋を食べました。
お鍋にポンというキューブ型のもの、すごく便利です。
(今日も息子の帰りは遅い)

身体が温まりました。
一人で鍋をつつきながら、おひとり様は最高!って思いました。

熟年別居5年目に入り、寂しいという感情は全くなくなりました。

一人で生きていくのは大変だけど、気ままな暮らしと自由はおひとり様の特権だと思います。

別居の原因は夫のDVとモラハラで、しょっちゅう家を追い出されていたから。
それは結婚当初からで、実家に帰ったり、友達の家に行ったり、子連れで妹の家に泊めたもらったり。
月に一回は追い出されていました。

もしかしたら夫も一人が好きだったのかもしれないって思います。

私が別居に踏み切った理由

別居直前は、ネットカフェに泊まったり、DVシェルターに逃げたこともありました。
いろいろ点々としていたので、とにかくゆっくり眠れる部屋が欲しかった。
それで逃げ場所として借りたのがワンルームのアパートだったのです。

息子が中三の時で、夫は高校受験の邪魔をしていました。

「お母さん、もう逃げよう。
俺もつれていってくれないか、なんでも協力するから」と息子は言いました。

それまでは、「離婚はしないでくれ、がまんしてくれ」と言っていたのです。
最後は、二人セットで追い出されていたので、息子も父親に嫌気がさしていたのだと思います。

とりあえずの逃げ場所として借りたワンルームに、一泊二泊と泊まると、もうあの牢屋のような家に帰りたくないって思いました。

どんなに貧しくても、ここで頑張ろうと思ったのを覚えています。
その後は、夫からの電話攻勢、あげくに居場所がばれて、訪ねてきては怒鳴られるといういろんな修羅場を通ってきました。

さまざまな修羅場はもう一つの母子家庭日記に書いてきました。
(その当初から読んでくださっている読者さまもいて感謝です)

いろいろな修羅場を通ってきて、今があります。
やっとつかんだ平穏な暮らしです。

今思うと、私と夫は、結婚には向いていなかったのかと。
仕事がなくなった夫は、もう妻子を養う気持ちなど全くなかったのです。

私が離婚に向けて調停や裁判を起こさないのは、この平穏な暮らしと壊したくないからです。

たとえて言うなら、寝た子をおこしたくない。
一人で静かに暮らしている夫に離婚を請求したら?
また怒りのスイッチが入るだけです。

養育費も婚姻生活費も、もちろん年金分割もない金銭的には不利な別居です。
貧しくても、この平穏な暮らしを選んでよかったと思います。

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