老後を考える

早く人生を終えたい、56歳でこの世を去った義母

早く人生を終えたいと言い続けた義母は、56歳で他界しています。

義母、夫の母は夫が27歳の時に亡くなっているので私は、会ったことがありません。
ですので、私は嫁姑問題に悩むことはありませんでした。

糖尿病を患い、晩年は病院通い、最後は喉頭がんで亡くなりました。

子供二人を連れての再婚は、苦労が多かったと思います。
(夫は、再婚後に生まれた子でした。父親の違う兄が二人います)

最後は、病に苦しみ、あまり幸せではない人生だったのではないかと思います。

「この世は、苦行の場所だ、生きていても苦しいだけ、この世の修行を早く終えてあの世に行きたい」

このような言葉が、義母の口癖だったと、夫から聞いています。
その言葉通りに、まだ50代でこの世を去ってしまいました。

夫もその言葉を引き継ぎ、同じように、人生は修行の場所だから、楽しいことなんか何ひとつないと、
自分から楽しもうという努力をしていなかったと思います。

人生をあきらめていたのです。
マイナスの言葉の中で育つということは、子供に悪い影響を与えてしまったのでは?と夫を見ていて思います。

早く人生を終えたいという義母の言葉は、本音ではない事がわかりました。

元わが家の押し入れを整頓していた時に、義母の闘病日記が出てきました。
普通の大学ノートに3冊ほどありました。

私が知らない、私が会ったことのない義母は、どんな人だったのだろうかと思い、そのノートを読んでしまいました。

そこには、自分の子供たちを心配する言葉がいっぱいでした。
4人の子供はみんな25歳以上になっていました。

夫のことに関してはとくに心配しているようで、あの子の将来はどうなるんだ、いつまでもフラフラして親に心配ばかりかける。

「心配だ、心配だ。」

「早く、元気になり家に帰りたい。」

「薬が効かない。」

「手術をしたのにいっこうによくならない。」

「美味しい味噌汁が飲みたい。」

「早くよくなりたい。」

そんな言葉がつづられていました。
三冊目は、もう字とも言えないような、みみずがはっているような字で殴り書きしてありました。

苦しそうな状態が字を見てわかりました。

義母の、早く人生を終えたいという言葉は、本音ではありませんでした。

まだまだ生きたい、子供たちのことが心配だから死ぬに死ねない、そんな気持ちが本音だったのではないかと感じました。

義母は、一年の闘病生活をおくったのち、苦しみながら亡くなっていったそうです。

夫は当時27歳で、そんなに早く、母親がこの世を去るなんて思っていなかったようです。
母親の死が、夫には、人生は修行の場だという思いを強くしてしまったのです。

そして夫は、早くに亡くなった母親を恨んでいました。
母親が亡くなった後、父親との二人暮らしは大変でつらいことの連続だったからです。

その後、私は同情で夫と結婚してしまいました。
可哀想な人だから、温かい家庭を築きたいと思ったものです。
私が31歳、夫が38歳での結婚スタート。
温かい家庭を築きたい、その願いは新婚旅行先のハワイで早くも崩れました。

夫のモラハラが始まったからです。

その後、何度も気持ちを切り替えて頑張ろうと思いましたが、育った環境で培われた人格はそんなに簡単に変わるものではなかったのです。

早く人生を終えたいという言葉は、どんなに苦しくても言ってはいけないって思います。
口からでた言葉、言霊は本当になってしまいます。

タイトルとURLをコピーしました