親を捨てたい?!親を施設に入れる罪悪感




読者の皆様、こんばんは。

今日は敬老の日でした。

敬老の日、兄も妹も、私も母には会いに行きませんでした。

寂しい思いをしているだろうか?
敬老の日なのに・・・と思い、母に電話を入れました。

母は認知症が進んでいます。
昔の言い方でいうと、まだらボケ、半分ボケているのです。

母は、ケロッとした声で、今テレビ見てたと明るく言う。

そして施設でやってくれたという老人の日の集いが楽しかったらしく、その話を何度もしました。

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親を捨てたい、そんな気持ちと闘っている方も多いと思います。

私も、育ててくれた親を捨てるなんて、私は冷たい人間だ、そんなことできるわけない。

そんな思いから、なかなか親を施設に入れることができないでいました。

貧困母子家庭ながら、長女である私が母を引き取るべきだと、考えたこともありました。

結局、実家を売却しなくてはならなくなり、母の居場所はなくなるという切羽つまった状況になり施設に入れることにしました。

当初は、親を捨てる罪悪感も、親を施設に入れる罪悪感もありました。

探しだしてすぐに、とてもいいサービス付き高齢者住宅がみつかりました。
妹の自宅から、自転車で15分くらいの場所で、都内では費用は安めの所です。

申し込んで半年くらい待ち、入居できることになりました。

その時は、母がかわいそうで仕方ありませんでした。

老人ホームに入るくらいなら死んだ方がましと、母はいつも言っていたからです。

泣きわめくのではないか?

心配しながら、私は母へ、施設入居を進めました。

妹の家の近くだということもあり、母は意外にあっさりと承諾しました。

入居してからが大変でした。

帰りたい

寂しい

私は捨てられた

死にたい

このような悲観的な言葉のオンパレードで、母は毎日泣いて暮らしていたようです。
そして老人性うつ病がひどくなってしまいました。

その頃は、近場に住む妹が、週に何度も行ってくれたので、なんとか乗り越えることができました。

誰でも知らない土地、知らない場所で暮らすのは大変なことです。
なれるまでは、本当に時間がかかりました。
サービス付き高齢者向け住宅での暮らしは、いじめもありました。
本当にいろいろありました。

そのたびに、泣いていた母でしたが、施設に入居して3年。
母はやっと落ち着いて、自分の居場所をみつけました。

妹も介護職が忙しくなり、母の所へは、あまり行かなくなりました。
兄も一年以上会いに行ってません。

私も月に一度か二度しか行っていません。

敬老の日に、思いました。

私たちは親を捨てたのかも知れないって。

でも親を施設に入れた罪悪感は、日に日に薄れていっています。

母が、半分ボケていても、楽しそうに暮らしているのがわかったからです。

そして、ボケたせいなのか、子供に捨てられた、兄が会いに来ないとも言わなくなりました。

自分がその立場になったら?

自らすすんで施設に入ろうと思います。
自分の老後は自分で決めたいです。

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