読者の皆様、こんばんは。
職場に、87歳のお姑さんの介護をしている同僚がいます。
そのお姑さんも、認知症がすすんでいるとかで、食べたことも忘れてしまうといつも嘆いています。
お金があれば施設へ入れたい
だけど金銭的な余裕がなく、仕方なく自宅介護をしているようです。
毎日、怒鳴らない日はないとか。
相当のストレスのようです。
金銭的に余裕がなく施設に入れられないという方は、けっこう多いみたいです。
老々介護、お互いにつらいと思います。
認知症で、自分でごはんが食べられる人はまだいいです。
さらに認知症が進むと、自分では食べられなり、誤飲も多くなります。
認知症、胃ろうをする選択、しない選択
昨日ヤフーニュースでこんな記事をみました。
お父さん、ごめんね、そしてありがとう。
この奥様は、認知症のご主人に胃ろうをつける選択をしました。
※胃ろうとは、口から食事がとれなくなった人が、胃に穴をあけてチューブから栄養をおくることを言います。
認知症で、意思疎通できなくなった人に、胃ろうをつけるかつけないか、決めることは大変に難しい問題です。
本人の意思が聞けないので、家族が決めるしかないからです。
この記事の奥さんは、どんな姿でも生きていてほしいという思いからなのか、胃ろうをつける選択をしました。
コメントは賛否両論でした。
でも、一番多いコメントは、胃ろうをしてまで生きている意味があるのかでした。
私もそう思いました。

こちらの記事に書きましたが、私は胃ろうをつけてただ寝かされているだけの高齢者をたくさん見ました。
なんというか、家族のエゴにしか思えないのです。
この記事の奥さんは違うと思いますが、中には、認知症患者の年金目当てで、延命治療として胃ろうをする人もいるのが事実です。

母の妹、私にとっては叔母も、もう何年も意識がないまま眠っています。
叔母の場合、認知症ではなく、脳内出血で倒れ意識はもどらなくなりました。
胃ろうと人工呼吸器をつけて、文字通り生かされています。
胃ろうをつける選択をしたのは、叔母さんの50代のひとり息子です。
仕事をしていないので、親の年金がなくなるのは困ったと思います。
でもどんな姿でも生きていてほしいという気持ちもあったと思います。
もうかれこれ5年、意識が戻らない母親の病院に毎日、会いにいっているのです。
叔母さんは、生かされているけれど、自分が死んだら息子が食べれなくなるとわかっているのか、眠り続けています。
認知症、そしてその他の病気で、胃ろうをつけるかつけないかの選択は、本当に難しい問題です。
まだ元気なうちに、家族に、延命目的で、胃ろうをつけるかつけないかは、伝えていた方がいいと思います。
ちなみに、私の母は、延命しないでほしいでした。
自然なまま逝きたいという気持ちです。
母は自分の妹が、人工呼吸器と胃ろうをつけて生かされている姿を見ています。
つらいからともう会いに行かなくなりました。
私も、そうなった場合、延命治療はしないでほしいと子供たちに伝えてあります。
50代でその話はまだ早いと怒られましたが・・・
でもいつ何がわるかわからない世の中です。
家族がつらい選択をしないですむように、伝えておくべきだと思うのです。