最期は自宅で迎えたい、父も義父も、その願いは叶わず病院で亡くなりました。

読者の皆様、こんばんは。

大竹しのぶさんの母が96歳で亡くなりました。

96歳、長生きです、大往生だと思います。

先日、記事にした真矢みきさんも自宅で介護をされていました。

仕事をしながらの介護は大変だったと思います。

お二人とも忙しい身、昼間はヘルパーさんとかに介護をお願いしていたのでしょうか?

人生の最期は自宅で迎えたい

あるアンケート結果を見ると、50パーセント以上の人が、最期は自宅で迎えたいと思っているそうです。

大竹しのぶさんの場合、お母さんは、一度は自分から望んで老人ホームに入ったそうです。
誰にも迷惑をかけたくないという気持ちからでしょうか。

でも大竹しのぶさんの希望で、自宅に連れ帰って介護をなさっていたそうです。

そして大竹しのぶさんとお子さん二人と共に暮らしていたんですね。

大竹しのぶさんは、あっぱれな人生でしたというタイトルで手記を発表されました。
その手記には、お母さんが夏ごろから、食べ物がとれなくなった話、だんだん起き上がれなくて最期はベッドで寝たきりになった話などが書かれていました。

自宅での介護は、大変だったと思います。

でも大竹しのぶさんのお母さんは、幸せな最期を迎えたのではないかと。

最期は家で迎えたい、父も義父も家に帰りたいといつも願っていました。

自分の死期が近いことを気が付いた二人の父は、最期は家で迎えたい、自宅で畳の上で死にたいと願ったのです。

でも叶えてあげることはできませんでした。

家で介護する状況が整っていなかったからです。

義父は、外出という形で一時帰宅をしました。
その時、たとえ一泊でも、すごく大変だったのを覚えています。

義父は末期のがん患者でした。

いつ病状が急変してもおかしくない人を自宅で看るのは、無理でした。
夫も私も、病院に入院しているのが一番安心だと考えました。

義父は自宅に帰ると、本当にうれしそうでした。
私が作ったトン汁を美味しい美味しいと言って食べてくれました。

父も同じく、自宅に連れ帰った時は嬉しそうでした。

家に連れ帰って介護をしたい。
最期は家で迎えたいの気持ちを叶えてあげたい。

そんな気持ちはあっても、現実的には、相当の覚悟が必要で、私にはできませんでした。

二人の父は、それが叶わぬ願いだとしり、病院のベッドで天井だけをみつめていました。
あきらめて、そして亡くなっていきました。

仕方がなかったと思いつつも、悔いは残っています。

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