56歳で他界した義母、早く人生を終えたいという言葉は本音ではなかった

昨日、57歳になりました。
56歳も57歳もなんだか同じような感覚で、年取ってからの誕生日というのは、憂いの方が大きい気がします。

40代から50代になる時、すごく嫌でした。

50代から60代になるのは、もっと嫌だろうななんて思います。

アラカン、アラウンド還暦、アラウンド棺桶ともいうらしいです。
(棺桶なんて、まだ早いですよね・・・)

57歳になり思ったこと。
苦しんで亡くなっていったという義母の年齢を超えてしまったなと。

義母は、56歳で他界しています。義母は苦しんで亡くなっていきました。

義母、夫の母は夫が27歳の時に亡くなっているので私は、会ったことがありません。
糖尿病を患い、晩年は病院通い、最後は喉頭がんで亡くなりました。

子供二人を連れての再婚は、苦労が多かったと思います。
(夫は、再婚後にできた子でした。父親の違う兄が二人います)

最後は、病に苦しみ、あまり幸せではなかった人生だったのではないかと思います。

「この世は、苦行の場所だ、生きていても苦しいだけ、この世の修行を早く終えてあの世に行きたい」

このような言葉が、義母の口癖だったと、夫から聞いています。
その言葉通りに、まだ50代でこの世を去ってしまいました。

夫もその言葉を引き継ぎ、同じように、人生は修行の場所だから、楽しいことなんか何ひとつないと、
自分から楽しもうという努力をしていなかったと思います。

人生をあきらめていたのです。
マイナスの言葉の中、そのような環境で育つということは、子供に悪い影響を与えてしまうということです。

早くこの世を去りたい、自分の人生をもう終えたいという義母の言葉は、本音ではない事がわかりました。

元わが家の押し入れを整頓していた時に、義母の闘病日記が出てきました。

普通の大学ノートに3冊ほどありました。

私が知らない私が会ったことのない義母は、どんな人だったのだろうかと思い、そのノートを読んでしまいました。

そこには、自分の子供たちを心配する言葉がいっぱいでした。

もうみんな成人して25歳以上になっていました。

夫のことに関してはとくに心配しているようで、あの子の将来はどうなるんだ、いつまでもフラフラして親に心配ばかりかける。
心配だ、心配だ。

早く、元気になり家に帰りたい。

薬が効かない。

手術をしたのにいっこうによくならない。

美味しい味噌汁が飲みたい。

早くよくなりたい。

そんな言葉がつづられていました。
三冊目は、もう字とも言えないような、みみずがはっているような字で殴り書きしてありました。

義母の、早く人生を終えたいという言葉は、本音ではなく、まだまだ生きたい、子供たちのことが心配だから死ぬに死ねない、そんな気持ちだったが本当だったのではないかと。

義母は、一年の闘病生活をおくったのち、無念の死をとげました。

夫はまだ27歳で、そんなに早く、母親がこの世を去るなんて思っていなかったようです。
お母さんの死が、夫には、人生は修行の場だという思いを強くしてしまったのです。

まとめ
やはり、言葉というのは怖い物で、早く人生を終えたいとか、生きていくのはつらいとかそんな言葉はあまり言わない方がいいということ。
つらく、苦しいからそんな言葉が出るのだとは思いますが、そんな言葉を言い続けると本当になってしまいます。

ツイッターで、死にたいとつぶやいた10代、20代の女の子たち、事件に巻き込まれてしまい、本当に命を落としてしまいました。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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