ひきこもり息子が、母親を介護するまで。

息子は、朝早く、遠くの大学まで模擬試験に出かけました。

甘やかして育ててしまったという反省の気持ちがあるので、極力、自分のことは自分でやらせるようにしています。
今日も、6時に目が覚めたけれど、布団の中でじっーとしていました。

息子が部屋から出てきて、目玉焼きを焼く音が聞こえて、ご飯食べてる様子がわかりました。
それから、着替えて、ドライヤーの音が聞こえて、バタバタとして出ていきました。

バン!と玄関の閉まる音が聞こえてから、おもむろに起きだした私です。

まだ高校三年生なのに?

模擬試験の朝なのに?

ご飯も作ってあげないの?

いってらっしゃいと見送らないの?

冷たい母親だ!と思った方もいらっしゃるでしょう。

これが私の息子への愛情なのです。
(愛って簡単に言うな・・)

私の育て方が間違っていたと、今更気づく・・・
今日は、半袖では寒いくらいの陽気でした。 今日は、お休みだったので、副業のライティングを頑張ってやっていましたが、やはりパ...

とにかくこのままでは、一人では何もできない人間になってしまうと考えて、手も口も出さずに見守ろうと思ったのです。

息子の方から、朝食は自分で作る宣言をしました。
(毎日、ハムエッグかベーコンエッグっぽい)

息子の高校は単位制なので、二時間目からとか、午後から授業なんて日が多いので、大抵の日は、私の方が先に家を出ています。

息子が夏休みの間、10日間家を一歩も出ない時がありました。
心配しましたよ。

このままひきこもりになってしまうのではないかと心配でした。

二学期が始まり、何日かお休みしたけれど、復活して┐(´д`)┌ヤレヤレでした。

親戚に何年もひきこもっている従弟がいます。
一人っ子で、母親に溺愛されて育ったのです。

その従弟親子を見てきているので、甘やかしてはいけないってすごく思います。

なんとしてでも自立させなければと思っています。

ひきこもりの一人息子が、母親を介護するまで。

従弟は、大学出で、好きな映画の仕事をしていましたが、うまくいかず、家にひきこもるようになっていきました。
ひきこもると言っても、パソコンで仕事はしていたと思います。

数年前に、叔父さんが亡くなり、叔母さんはアルツハイマー型認知症になってしまいました。
まだ60代だったと思います。

ひきこもりだった従弟が、叔母さんを介護するようになりました。

洗濯、掃除、食事全部やってあげていました。
社会人でもなく、結婚もしていなかったので、従弟は自由でした。

でも、本当によくつくしていたと思います。

3年前、叔母さんは脳溢血で倒れてしまいました。
危篤状態であるという連絡を受けて、私や妹、そして母は、病院にかけつけました。

医師からは、もう意識はもどらないであろうと告げられました。

残された道は人工的に生きることでした。

従弟はどうしても生きていてほしいと
人工呼吸器と胃ろうをつけることを決断しました。

あれから3年、叔母は一度も目を覚ましません。
白髪まじりだった髪の毛は真っ白になりました。

ひきこもりだった息子(従弟)は、一日もかかさずに母親のそばにいるようです。
意識のない母親のそばにいるだけです。

叔母さんは、意識がなく、もう植物人間です。
誰もお見舞いに行かなくなりました。

私の母も、行くたびに泣いて、ただつらいだけのお見舞いに行くことをやめてしまいました。

ひきこもりだった従弟の人生は、母親を介護するという目的だけになってしまいました。

親戚の中では、一番の資産家の叔母でした。
お金があるだけでは、幸せではないといえる、悲しい老後を迎えています。

叔母親子を見てきているので、私は自分の老後を、絶対に、息子や息子に迷惑をかけたくないと思っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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